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千鉾山
2012 / 05 / 06 ( Sun )
京田辺の古刹巡りⅣ 千鉾山

笠上神社からさらに稜線にそって登っていくと京田辺市の最高峰千鉾山
到着いたします。

千鉾山2

戦国時代落ち武者がこの山頂まで逃げ延び、刀や鉾をこの地に埋めたところ
から千鉾山と名付けられたそうです。

また江戸時代、大阪(堂島)の米相場通信の中継点といわれ、交野の「旗振山」
から伝わった米相場を大山崎の天王山に旗振りで伝えたといわれております。
堂島から交野までわずか4分で伝わったそうで、明治26年(1893年)に電話が
開通しましたが、早さはこの旗振り通信にはかなわなかったそうです。

旗振りは堂島~千鉾山~天王山~伏見へと伝わったそうです。

面白い発見でした。


千鉾山3

又ここは三角点でもあり、地図を作るための大切な基準点でもあります。
10年ほど前までここに櫓を組んで測量されたそうです。
今はカーナビのように人工衛星から測量するそうです。
三角点の3つを3時間ほどで歩ける珍しいところといわれております。

三角点

頂上には生駒山の歓喜天の揺拝所跡の石碑がおかれています。

千鉾山

山間は今は新緑で緑の匂いがいたします。

千鉾山新緑

京田辺の内田、高船から天王にかけての地層はほとんどが花崗岩からできて
いるようです。
山肌があわわになったところでは地層の変化がみられます。
この花崗岩は約8000年前からできたそうです。説明書きに書かれていました。

地層

自然の中には高山植物も自生しています。
雪持草とも、まむし草とも呼ばれるサトイモ科の多年草でまむしの頭の
形のによく似ているところから名付けられたといわれております。

まむし草

山間の狭い土地には棚田があり、お野菜が植えられていたり、
これから田植えが始まるようです。

棚田

まだまだ自然が残された豊かな心地のするところです。
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