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筒城宮伝承地
2012 / 05 / 09 ( Wed )
京田辺の古刹巡り最終章 筒城宮伝承地

1986年京田辺市に同志社大学が開校されてから早26年が経ちました。

同志社大学

当時この辺りは何も施設のないところで、97万㎡にも及ぶ広大な土地に
新たな環境をもとめ、最先端の設備・機器・教育設備が整えられた大学
として注目を集めました。

同志社キャンパス

校舎は煉瓦タイルで統一され廻りの景色との調和を大切にして建設されました。

チャペル

この同志社大学の敷地内に「筒城宮址」の碑が建てられています。

この辺りは京田辺市多々羅都谷という地名です。

「筒城宮」は継体天皇が樟葉宮で即位をした後、511年から518年まで弟国宮に移る
までの7年間、都をおいた地として日本書紀に記されているといわれます。
が学術的に証明されたわけではないそうです。

この同志社がおかれている地名が「都谷」というところから根拠の一つであるとも
いわれています。

昭和36年(1961年)に筒城宮跡顕揚会が結成され「筒城宮跡」の石碑が建てられた
そうです。

駒札

石碑

この筒城宮の石碑の建立に合わせて「継体天皇皇居故址」の碑も隣接地に
建てられたそうです。

1986年にはこの碑は地元の要望もあり同志社国際高校から同志社大学構内の
不動尊置址碑の脇に再度移設され現在に至っているようです。

大学構内にこのような遺跡がおかれているのも珍しいことです。

継体天皇皇居址


石碑2

以上京田辺の歴史をひもときながら歩いてみました。

かって山城国といわれた京都府の最南端の地は大阪、三重、奈良、滋賀の四府県に
囲まれ古くから東海、北陸、山陽、山陰に続く街道として重要な役割を果たして
きたところです。

又ずっと昔、平城遷都とともに南山城の地は風光明媚な地として木津川の
ほとりに離宮が営まれました。

聖武天皇は一時期ここに恭仁京(くにきょう)を営むことになったといわれる
南山城はそんな歴史ある地で、お寺などは奈良時代や平安時代に創建された
古刹が残る地でもあり、感動を覚えるところでした。
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