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櫟谷七野神社
2012 / 05 / 12 ( Sat )
櫟谷七野神社

京の上京区大宮通芦山寺上るに櫟谷七野神社があります。

鳥居

5月は京都の三大祭り、葵祭が15日に行われますが、その葵祭の斎王代に縁の
あるのが櫟谷七野神社です。

ご祭神は高紗大神、春日大神、武甕槌命をお祀りされています。

この辺りは平安時代から鎌倉時代にかけて賀茂社に奉仕する斎王が身を清め
住まわれていた御所(斎院)のあった場所で紫野と呼ばれていました。
「紫野斎院」とも呼ばれておりました。
その紫野斎院の一画にあるのが櫟谷七野神社です。


地元では春日神社とも呼ばれ文徳天皇の皇后(染殿皇后)が奈良三笠山の
春日神社に祈願して皇子(清和天皇)が誕生したことにより貞観元年(859年)
当社へ春日大神を奉祀したのを起源とするとあります。
社名は七つの神社を合祀して七野と名付けられたようだとも、または平安京周辺
の七野の惣社との説もあるようです。

本殿

お社


応仁の乱で灰塵に期しましたが永正9年に再興されたが織田信長が遊宴のために
社を麓に引き下ろしたのを、秀吉が山内一豊に命じて再建されました。

その時秀吉は各大名に石垣の寄進を命じ、その石には大名の家紋が刻まれて
いたのが、今でも残されております。

石垣 家紋

石垣 家紋2

本殿横には賀茂斎院跡の石碑が建てられていて、毎年葵祭の斎王代が決まったら
まずこの櫟谷七野神社に参拝されることになっております。

賀茂斉院跡

また当社では毎年春になるとどこからともなく一頭の鹿が神前に現れ、奈良へ送り
返すということが明治6年まであったようで、この神縁により明治28年当社の依頼
により奈良の春日神社から神鹿2頭が貸与されたとの記録が春日大社に残っている
ようです。

今では鹿の銅像が置かれています。

春日神社石碑

鹿

又第59代宇多天皇の皇后が離れてしまった天皇の愛を復活させてほしいと
祈ったところ神前に白い砂を三笠山の形に積み、祈願せよとのお告げがあり
その通りにしたところ天王の愛情が戻ったとの言い伝えから、社前に白砂を
積めば浮気封じ・愛情復活の願いが叶うと言われ、社前に積む砂「高砂山」
と呼ばれ今も信仰を集めています。

御祈祷

御祈祷の砂

砂で愛情を取り戻すというのもなかなか面白いです。



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