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弥次さん 喜多さん
2012 / 05 / 13 ( Sun )
弥次さん、喜多さん像

京の三条大橋は天正18年(1590年)豊臣秀吉によって東海道の
西の起点、東からは終点にあたる京の玄関口として架けられました。

その三条大橋の西詰めの辺りに弥次さん、喜多さんの像が置かれて
いるのをご存でしょうか?

駒札

この像は江戸時代後期享和2年(1802年)から文化11年(1814年)に
かけて初刷された十返舎一九が書いた『東海道中膝栗毛』の主人公
である弥次郎兵衛と喜多八をモデルにして造られたものです。

膝栗毛とは自分の膝を馬のかわりに使う徒歩旅行の意味です。

江戸は神田八丁堀の栃面屋弥次郎兵衛と居候の喜多八が厄落としに
お伊勢詣りを思い立ち東海道を江戸から伊勢神宮へ、さらに京都大阪
へと巡る様子を滑稽に描いた紀行文です。

物語では大阪に行く前に三条大橋に近い宿屋に泊って”はしご”を
買わされることになってしまう話になっています。

その三条大橋の西詰めに三条小橋商店街の方々によって平成6年に
建立されました。
作者は二科会の会員で彫刻家の小山由寿氏によるものです。

京都には旅の安全祈願をする西院春日神社があり、その春日神社に
旅行安全を、また還来成就の神である”還来(もどろき)神社に
ご祈祷をして頂いたありがたい像であります。

当時旅の姿や長閑な様子がうかがえます。

銅像


その弥次喜多像の隣にあるのが「撫で石」です。

「無事還りくる」を祈願する還来(もどろき)神社にならって、旅の
安全を祈願する「撫で石」も同時に設置されました。

この石を撫でて無事楽しい京都の旅が成就できることを祈ります。

この石は鞍馬から産出した「鞍馬石」で鉄の含有により玉葱状に
剥離が現れ鉄錆色が前面を覆っているのが特徴である石だそうです。

なで石

つい最近も京都祇園で痛ましい交通事故が起きました。
どうぞ事故がありませんように、京都に訪れてくださった方の安全を
お祈りいたしました。
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