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上御霊神社
2012 / 05 / 18 ( Fri )
上御霊神社 御霊会

5月18日は上御霊神社の御霊会が行われる日です。

上霊神社の御霊会は貞観6年(863年)に悪霊退散を願って行われた
御霊会が起源とされています。

上御霊神社と御霊会についての詳細はこのブログ2010年5月18日に記し
ておりますが、その神輿渡御が行われる様子を御紹介いたします。

三基の神輿は夫々、今出川口、小山郷、末広会が運営いたします。
今出川口、小山郷の神輿は安土桃山・江戸時代の第107代後陽成天皇、
第108代後水尾天皇寄進の鳳輦を造り変えたものだとも云われているそうです。

細工も細かく、煌びやかな菊模様と葵の葉が連なり、神輿の胴体には
飛び出す鳩、左右の胴には龍が嵌め込まれています。

氏子町内には御霊会の旗がたてられております。
巡行には清めの榊が沿道を清めて進みます。

旗  榊

上御霊神社を出発したお神輿は今出川通へ出て、御所の今出川御門より
三基が参内し、朔平門の前で神輿の差し上げが行われます。

この御苑巡行は江戸時代まで行われてていましたが、東京遷都以降は
途切れていました。
それが2009年からはお神輿三基の巡行が復活いたしました。
そして今年から140年振りに牛車が先導して巡行されることになりました。

その後、今出川通から寺町通を下がって、荒神口から河原町にでて、河原町を
上ってきます。


その間獅子は子供たちの頭が良くなるようにと頭を噛んでいきますが、子供たち
はおお泣きし、お母さんにしがみついています。

でも今の獅子は学生さん中に入って、いかにも可愛い獅子です。

獅子 獅子2

約400年前に天皇から寄進されたと言われる牛車も立派に牛が曳いて
いきます。

最近は牛が飼育されているところが少なくなり、牛の手当てが大変と
聞きます。

牛車

牛車2

神官の姿も凛々しく神輿の先導をされていきます。

神官

河原町通を上ってきたお神輿の内、今出川口のお神輿が河原町今出川で
神輿振りを行います。

神輿

神輿振りを行うのは昔からその地域の神輿を振って御魂を活性化し、
その地区の疫病、悪霊、邪気を鎮め、五穀豊穣を祈り、その地域を
清浄化し、活性化するというのだそうです。

”ホイット ホイット”と掛け声も軽やかに担ぎ手が景気よくお神輿
を辻回しいたします。

神輿1

神輿2

交差点を一周したお神輿は、中央で高く差し上げられます。
3tとも4tとも言われる重いお神輿は大勢の若衆が高く差し上げます。
ここがクライマックスです。

神輿3

いなせなお兄さんさんの衣装は夫々違っています。
真っ赤な足袋を履いたこの姿は「青年団」の衣装だとか。
写真を撮ってもいいですか? の問いに気前よく”いいよ”とお返事
いただきました。この方は青年団の副会長さんでした。

昭和50年頃まではお神輿を担ぐ時は「わらじ」を履いていたそうですが
今は足袋から考案された地下足袋を履きます。

この地下足袋というのは、大正11年(1922年)石橋兄弟(後の国産タイヤ
の先駆者でブリジストンタイヤ創立)が考案したものとか、三池炭鉱で使用された
ものが人気を博し広まったとも、関東大震災後の復興作業用として履いたもの
ともいわれているようです。
地下足袋と呼ばれるようになったのは、じかに履物として使える足袋からとも、
地下で使う足袋からそのように呼ばれるようになったとも言われております。
今では作業用に特に建築作業用に便利に使われております。

青年団

小山郷のお神輿です。

神輿4 

末広会のお神輿は少し形が変わっていて、大きな鈴が前後につけられて
おります。
明治期に造られたともお聞きしました。

末広会神輿

いずれのお神輿も細工が凝られていて立派なものです。
そして、毎年御霊会が継続して行われることに大きな意義あるように
感じられます。世の中が平穏でありますように!
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