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六勝寺
2012 / 05 / 20 ( Sun )
六勝寺(大河ドラマ 平清盛)

平安時代後期に現在の岡崎辺りは(鴨川と白川に囲まれたあたり)
院政期に次々と壮大な寺院が建立されました。

白河上皇が始めて院政を開き、堀川、鳥羽、崇徳、近衛と五代にわたり72年間
政治の主権をにぎり、この岡崎に「勝」のつく寺院を6ケ所に造営いたしました。

これらを総称して六勝寺(りくしょうじ)といいます。

六勝寺


最初に造営されたのは承暦元年(1077年)「法勝寺」で白河上皇の
御願で創建されました。
金堂、阿弥陀堂、講堂、五大堂、法華堂等の諸堂とともに高さ82mの
八角九重塔が建立されたと言われております。
この八角九重塔は当時、東大寺の大仏殿に次ぐ大きさであったようです、

八角九重塔

この八角九重塔は京都市動物園の観覧車の辺りから大規模な基礎が検出され
ました。
金堂は動物園の隣接する二条通の北側あたりに建立されました。

尊勝寺は康和4年(1102年)堀河天皇の御願寺として建立されました。
法勝寺に次ぐ規模で金堂、阿弥陀堂、五重塔、五大堂、観音堂などが
建立されました。
これらは現在の京都会館の辺りの造営されたことが調査で判明しております。

最勝寺は元永元年(1118年)鳥羽天皇の御願寺として造営されました。
現在の岡崎グラウンド周辺と推定されています。

円勝寺は大冶3年(1128年)鳥羽天皇の中宮待賢門院の御願寺として
建立されました。ご本尊は大日如来が祀られたようです。
現在の美術館の周辺と推定されています。

成勝寺は保延5年(1139年)崇徳天皇の御願寺として建立されました。
規模としては一番小さいものだと言われております。
現在の府立図書館の辺りと推定されています。

延勝寺は久安5年(1149年)近衛天皇ご御願寺として建立されました。
金堂、九体阿弥陀堂などが建立されました。
現在の京都市都メッセのあたりと推定されています。

これらの堂宇は院政治期には政治の舞台や信仰の中心となりましたが、
中世になると戦乱などにより焼亡し、江戸時代にはこの辺りは水田となった
ようです。
近年発掘調査がおこなわれ、その様子が次第に明らかになってまいりました。

今大河ドラマ「平清盛」が放映されていて、そろそろ保元の乱へと突入する
ところです。



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