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木戸孝允邸宅跡
2012 / 06 / 07 ( Thu )
木戸孝允邸宅跡

京の中心街、京都ホテルオークラに木戸孝允の銅像が置かれていますが、
その京都ホテルオークラから南東、土手町通竹屋町下るに
京都市職員会館かもがわの中に、木戸孝允の邸宅跡があります。

外観

石柱には明治天皇行幸所木戸邸と刻まれています。

石柱

木戸孝允は長州藩出身で明治維新のころに活躍した政治家、
別名桂小五郎とも称しのちに木戸孝允と改められました。

吉田松陰の門下生で、西郷隆盛、大久保利通らとともに尊王攘夷、
統幕運動に指導的役割を果たしました。

文久年間から慶応年間の京都の政局は主導権をめぐり激しく動いて
おりました。 その中心は朝廷であり、御所を核として公卿屋敷
が政治の拠点となっておりました。

この木戸旧邸はその拠点の一隅に位置し、近衛家の下屋敷を譲り受け
て別邸となしたものです。

駒札

1階は大きな広間で、2階は2間となっております。

明治10年(1877年)5月19日木戸孝允が病気療養中に明治天皇が行幸
され、同月26日に44歳で亡くなりました。

お屋敷

お屋敷2

建物は質素なもので、妻の松子は尊王攘夷の頃木戸を庇護した
芸者幾松で有名です。

夫婦のお墓は東山の霊山に定め、同地に神道碑が置かれています。

庭

この建物は昭和18年に京都市に寄付され、現在は京都市の管理下に
あります。

今出川橋

同じ敷地内にある達磨堂は木戸の子、忠太郎氏の達磨コレクション数万点
が保存されています。
中には下村観山の達磨の衝立も保存されています。

だるま堂
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