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高松神明神社
2012 / 06 / 08 ( Fri )
保元の乱の舞台 高松神明神社

今NHK大河ドラマ平清盛が放映されていて、前回は丁度保元の乱の
場面でした。

ここは京の中心街、姉小路西洞院東入るに高松神明神社があります。
この辺りは、高松殿址にあたります。

高松殿は後醍醐天皇の皇子源高明(たかあきら)の邸宅で高明の娘
明子は当所に住まいして高松殿と称されました。

後に藤原道長と結婚され、藤原一族の住まいとされていました。

院政期、久安2年(1146年)後鳥羽上皇が内裏とされ「高松内裏」と
なりました。
久寿2年(1155年)には後白河天皇が高松内裏で即位されました。

保元の乱(1156年)の際には崇徳上皇方の白河北殿に対して、
後白河天皇の本拠地となり、源義朝、平清盛らの軍勢がここに集結
し、白河の地へ攻め入り夜襲が成功して勝利したことで知られて
いるところです。

その後の平冶の乱(1159年)に内裏は焼失いたしましたが、邸内に
祀られていた鎮守社高松神明は現在も高松神明神社として残って
いるものです。

鳥居

もともとこの高松神明神社は真言宗東寺宝菩提院の末寺で
高松神明宮宝性院と称する神仏混合のお寺でしたが、明治の
神仏分離により宝性院は廃寺となり、高松神明神社となりました。

応仁の乱や蛤御門の変により焼失し、境内や社殿も縮小し、
現在の社殿は明治44年に造営されたものだそうです。

駒札

ご祭神は天照大神、八幡大神、春日大神、誉田別命、天児屋根命
がお祀りされています。

本殿

境内には区民の誇りの木「オガタマノキ」が茂って今は緑葉が綺麗です。

区民誇りの木 オガタマノキ

高松神明神社には「神明地蔵尊」がお祀りされています。

神社にお地蔵さまがお祀りされているのは大変珍しいことですが、
もともと神明宮宝性院があったことに由来いたします。

地蔵堂

神明地蔵尊は宝性院の僧が紀州九度山の真田庵に毘沙門天とともに安置
されていた二体の地蔵尊の内の一体を拝領して神殿の東側に三間四面
の地蔵堂を建てお祀りしたことにより始まります。

この地蔵尊は智将で知られる真田幸村の念持仏といわれ、「幸村の知恵の
地蔵尊」
として信仰が厚く、そのお姿は半踟坐像の大変美しく優しい
お顔をされています。

地蔵尊

地蔵堂の正面台座をさすって子供の頭をなでると知恵を授かると地元の人の
信仰を集めています。

以前は地蔵尊にお供えされた洗米と小豆を蓄えておいて、地蔵盆には
小豆粥としておまいりをされた方々に供養されていたと伝えられて
いるそうです。

台座 石2
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