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徳大寺樋門の遺構
2012 / 06 / 19 ( Tue )
桂川 徳大寺樋門の遺構

桂離宮が築かれた、桂の地一体は平安中期から代々藤原氏が領有し、
鎌倉時代に入ってから近衛家の領有となりました。

この辺りは月の名所といわれ、桂離宮もその造営にあたっては月を
愛でるための古書院の正面に「月見台」が設けられたり、蹲に月を
写す「浮月」と命名された蹲がおかれていたりしています。

源氏物語の中にも

”月のすむ 川のをちなる さとなれば 桂のかげは のどけかるらむ”

と詠まれていたりいたします。

そして又この辺りは瓜の産地でもあったようです。
八条宮 智仁親王の書簡に「下桂瓜畑のかろき茶屋」という言葉もあると
いわれております。

桂離宮の池泉回遊のお庭には桂川の水が曳かれています。

この徳大寺樋門は桂川の度重なる氾濫を防ぐためのに築かれた堤防
(防塁)に設置されたもので桂離宮へ引き水をするために利用されて
いました。

徳大寺樋門の遺構


徳大寺遺構2

この樋門は明治41年5月(1908年)に改築されたものだそうですが、
流域の都市化等の変遷により平成5年6月(1993年)桂樋門新設に伴い
廃止されることになりました。

その一部が遺構として桂離宮の東側、桂川に面した整備された地に
残され展示されています。

徳大寺遺構
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