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車折神社
2012 / 06 / 30 ( Sat )
車折神社(くるまざきじんじゃ)

車折神社は京福電鉄嵐山線の車折神社を下車したところにあります。

ご祭神は清原頼業(よりなり)をお祀りしています。

清原頼業は平安時代後期の儒学者で天武天皇の息子・舎人親王の子孫に
あたり、高倉天皇に任え、大外記の職を二十四年間任め和漢の学識と
実務の手腕は当代無比といわれました。
晩年は九条兼実から政治の諮問となり、兼実から「その才、神といふべく
尊ぶべし」と称えられたほどの才覚を発揮いたしました。

平安時代末期の文治5年(1189年)に逝去、清原家の領地であった現在地
に葬られ、そこに廟が建ち、やがて頼業の法名「宝寿院殿」にちなみ
「宝寿院」というお寺が営まれます。

この寺は室町時代に足利尊氏によって嵐山の天龍寺が創建されるとその末寺
となりました。

後嵯峨天皇が嵐山の大堰川に遊行の時社殿の前で牛舎の轅が折れたので
門前の石を車折石と呼んで「正一位」「車折大明神」の神号を賜り以来
車折神社と名付けられたと伝えられております。

車折神社石柱

今は青紅葉がとてもきれいです。

鳥居


駒札


手水鉢

今日は6月30日、夏越の大祓の日にあたります。一年の折り返しの日
各神社では茅の輪をおいて、この半年の無事を感謝し、この先の半年の
平安・無事をお祈りいたします。

茅の輪

茅の輪を潜って心身を清めた後「人形(ひとかた)」を書いて納めると
気づかぬうちに身についてしまった罪や穢れを悉く祓われ運気がおおいに
上昇します。と書かれた案内で、人形に名前を書き100円とともに納めます

人形

本殿前の鳥居は朱がとても綺麗で新緑の緑によく映えます。

本殿

本殿でしっかりとお参りをいたします。

本殿2

車折神社には古来より願い事を叶える神石「祈念神石」というのがあります。

様々な願い事を社務所で授かった祈念神石にご神前で強く念じた後、
持ち帰り、願い事が成就した折には、自宅や海、川、山などで石を一個
拾って洗い清め、その石に「お礼」の言葉や祈願内容を書いて授かった
祈念神石と一緒に返納するというものです。

その記念神石が沢山本殿前に奉納されています。
こんなに沢山の願いが叶えられたのは幸せなことですね。

祈念神石

又車折神社の境内末社には芸能神社があり、ご祭神に天宇受売命(あめの
うずめのみこと)をお祀りされています。

神代の昔、天照大御神が天の岩戸に御隠れになりこの世が暗闇になった時
天宇受売命が岩戸の前で大いに演舞され、天照大御神を御慰めしたところ
天の岩戸が開かれ再び光を取り戻したという神話から芸術・芸能の分野
で活躍する人々から熱い信仰を得ている神社です。

お社には芸名・ペンネーム・劇団名が書かれた玉垣が2000名以上奉納されて
います。

芸能の神様


舞

明治21年から明治26年まで近代日本画の巨匠といわれた富岡鉄斎が当
車折神社の宮司を勤められました。

そのため車折神社には富岡鉄斎の作品が数多く残されていて、財団法人
車軒文庫が管理され春秋に予約制で公開されているようです。

境内に富岡鉄斎の筆塚というのがあって、この中に鉄斎が使用した筆が
2000本余り納められているといわれております。

富岡鉄斎の筆塚

境内末社の一つ清めの社です。
悪運・悪因縁の浄化を助けるてくださる神様で、円錐形の立て砂は石を
モチーフにしていると書かれております。

このほか末社は13余り祀られております。

清めの社

車折神社のメインイベントといわれる「三船祭」が毎年5月14日に
行われます。
宇多天皇の行幸のあった大堰川の舟遊びにちなみ昭和3年より始められた
行事で御座船、龍頭船、鷁首船など20数艘が様々な古典芸能を奉納し
雅な船遊び行われ、多くの拝観者が詰めかけます。
その時に使われる船主の飾りが展示されています。

龍頭

鷁首

そして6月30日は京の都では水無月を戴く日です。
氷室に氷を保存して、夏に使う先人の知恵を思い、氷に似せた水無月を
無病息災を願って戴きます。

水無月

20 : 15 : 06 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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