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鹿王院
2012 / 07 / 02 ( Mon )
鹿王院(ろくおういん)

京福電鉄の鹿王院駅(終点嵐山から2つ手前の駅)から徒歩7分位の
ところに鹿王院があります。

正式には「覚雄山 宝幢禅寺 鹿王院」といいます。

足利三代将軍、義満が康暦2年(1380年)二十四歳の時、延命祈願
のために建てた禅寺で、開山に義満の師 普明国師(春屋妙葩)を
迎え、覚雄山大福田宝幢寺となづけました。
当時は京都五山十刹の第5位といわれた名刹であったようです。

嘉慶元年(1387年)開山の春屋妙葩の塔所として宝幢寺内に鹿王院が
建立され、14世紀末から15世紀にかけて宝幢寺、鹿王院は全盛期を
極めました。

その後応仁の乱、文永の乱により宝幢寺は消失し鹿王院だけが残り
ましたが、伏見大地震により鹿王院の伽藍は倒壊し、現在の建物は
江戸寛文年間(1660年代)に再建されたものだそうです。

山門

山門は切妻式の本瓦葺 棟門式で両サイドには土塀が続きます。
山門に掲げられている扁額「覚雄山」は足利義満のの筆によるもので
   覚雄は・・・碩学(優秀な人材の意)

山門扁額


山門から中門までの参道には江戸時代に中国から渡来した健胃、整腸
沈痛に薬効があるといわれる天台烏薬や、見事な紅葉等数種類の銘木
が茂っていて苔の青さとともに、今は新緑がとても綺麗です。
秋には紅葉となって又趣の違う素晴らしい光景を楽しむことができます。

参道

参道には守護神の神様もお祀りされています。

その昔一休和尚が少年のころ(応永2年 12歳)この山門を潜って
維摩経の提唱を聴いて修行されたそうです。

鳥居

中門を潜って庫裏へと続きます。

中門

庫裏は1660年代に再建されたもので、中に入った正面には「韋駄天」が
安置されています。(韋駄天は仏法の守護神のひとつ)

玄関

客殿は明治23年(1890年)に再建されたもので、客殿の裏には
茶室「芥室」、茶庭があるようですが、非公開で拝見はできません。

客殿3

客殿の扁額「鹿王院」はやはり足利義満の自筆によるものだそうです。

客殿の扁額

客殿から舎利殿に至る瓦敷きの歩廊の中間に本堂があります。
本堂には運慶作の釈迦如来、十六弟子像が安置され、創建当時のまま
伝わっていると記されています。

釈迦如来像の後段右に開山の普明国師、左に開基の足利義満像が
お祀りされていて、開山国師像の下は宝筐塔があるそうです。

本堂


鹿王院の本庭の中心に舎利殿がおかれていて、舎利殿には鎌倉
将軍源実朝が宋の国から招来した仏牙舎利が多宝塔に安置されて
います。

この仏牙は天下泰平の霊仏で日本の博多に無事着船したのが
10月15日であったことから、毎年10月15日を「舎利会」と定めて
御開帳をされているそうです。

この仏牙は後光厳天皇から普明国師に賜ったもので、後奈良天皇、
正親町天皇、後水尾天皇も礼拝供養されていると伝えられております。

舎利殿2

舎利殿を中心とした本庭は嵐山を借景に室町時代の石組や四百年の
木斛(もっこく)の銘木で格調が高いといわれております。

舎利殿

今はこの鹿王院では仏教研修の女性の禅道場が開設されているようです。

ちょっとメジャー化していない素晴らしいお寺で、秋には又訪ねたい
ところです。


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