FC2ブログ
相国寺 慈照院
2013 / 01 / 30 ( Wed )
京の冬の旅 相国寺 慈照院

「京の冬の旅」で公開されている、相国寺の塔頭 慈照院は烏丸鞍馬口
下るにあります。

京の冬の旅 看板


応永12年(1405年)頃相国寺第13世の在中中淹が創建し、大徳院
と称しました。
延徳2年(1490年)室町幕府8代将軍足利義政公の菩提寺となり、
その法号から寺名を慈照院と改められました。

当院の第7世仏性本源国師(昕寂顕啅)が桂離宮で知られる桂宮(八条宮)
智仁親王や智忠親王と親交があり、桂宮家の菩提所となったことから
皇室との関わりも深い寺院であります。


山門

山門から本堂、書院には枯山水のお庭が続きます。

表庭

本堂には十一面観音立像、足利義政公の木像が祀られています。

客殿の前庭には船を形どったといわれる見事な「陸船松」が枝を伸ばし
滝石組が見られる枯山水庭園が広がります。

陸船松

本堂前庭園

書院は「棲碧軒」(せいへきけん)と名付けられ、
寛永6年に桂宮のご学問所として建てられたものを、のちに
仏性本源国師(昕寂顕啅)に下賜されたもので、腰高障子の網代組や
筬欄間などは桂離宮の「古書院」と同じ材質や建築法で造られている
そうです。


書院前庭園
(書院前のお庭です。)

お茶室「頤神室」(いしんしつ)は仏性国師が千宗旦と交流を
深められ、合作で造られたお茶室だそうです。

四畳半のお茶室に持仏堂がつくられ、布袋像が安置されていますが、
この布袋像の首が千利休の首とすげ替えられるようになっているとか、
千利休の切腹で公然と利休像をお祀りすることが出来なかったことから
布袋像にみたてた仕掛けであるといわれております。

又掛け軸は「宗旦狐」が架けられております。

宗旦狐の伝説は
相国寺あたりに住んでいた狐が、ある茶会で、席入りが遅れた亭主の宗旦に
化けて、見事なお手前を披露しておりました。

そこへ本物の宗旦が「いや~遅れて申し訳ない」と云って現れ、お客は2人の
宗旦にびっくりいたしました。

本来なら処分されると観念した狐に、宗旦は「処分することなく、
お客をお待たせすることなく見事なお手前を披露してくれて有難う」と礼を
述べました。

狐は感じ入りもう二度といたしませんといって逃げていったというお話です。

茶室

手水鉢
(お茶室前の手水鉢です)

桂宮家の菩提所から墓地がおかれております。

桂宮家墓地
17 : 36 : 08 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<西福寺 | ホーム | 八千代>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://kyonoazemichi.blog60.fc2.com/tb.php/574-36e03710
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |