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西福寺
2013 / 02 / 01 ( Fri )
歌人・俳人・国学者 上田秋成 墓所

江戸時代後期の歌人・俳人・国学者であった上田秋成(1734~1809)
のお墓が南禅寺草川町の西福寺にあります。


西福時2

西福寺は浄土宗に属するお寺でその歴史はかなり古くからある
そうです。 ご本尊は阿弥陀如来

法然上人が開山の源智上人に阿弥陀如来を送られ、ここ西福寺に安置
されたのがはじまりともいわれております。

境内には世継ぎ地蔵尊がお祀りされています。

世継ぎ地蔵尊

上田秋成は大阪曽根崎に生まれ、両親とは縁遠く堂島紙油商人・上田家に
養子となりました。

幼い頃疱瘡を患い手の指が不自由になりましたが、養父母が熱心に看病
したこともあって家業を継ぎ、医術も学びつつ古典の研究や本の出版を
重ねました。

著書に有名な『雨月物語』や『春雨物語』があり、古典と近世的劇作を
統一して独自の境地を開いたものとして有名であると評されています。

公家や作家小沢蘆庵、与謝蕪村等とも交友が深かったようです。

寛政2年(1790年)左眼を失明し、妻女が出家をしてからは知恩院門前
や南禅寺近くなど洛中を転々と居を移し、やがて眼力を殆ど失い、妻女
が亡くなられてからは窮乏の生活をおくりました。

晩年は歌人中間の羽倉信美邸(現在の梨木神社境内)で送り文化6年(1809年)
に76歳の生涯を閉じここ西福寺にそのお墓がたてられました。

晩年の遺影では好々爺のような優しいお顔をされていたようです。

秋成遺影

お墓には「上田無腸翁之墓」と記されています。
上田秋成は「人皆縦に行けば 余一人横に行くこと蟹の如し」と
いわれ、お墓の台座には蟹が置かれています。

又無腸とは腸のないことで、すなわち蟹であるともいわれて
いるそうです。

上田無腸翁之墓

この台座の蟹は画家伊藤若冲作によるものだそうです。

台座の蟹(伊藤若冲作)

上田秋成の歌碑は梨木神社にみることができます。

 「ふみよめば 絵を巻きみれば かにかくに 昔の人の しのばるるかな」
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