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新撰組発祥の地
2013 / 02 / 13 ( Wed )
新撰組発祥の地 八木家

壬生寺の近く、中京区壬生梛ノ宮町にある八木家は新撰組の宿所と
なったところです。

この辺りは幕末のころ京都の浪士取り締まりや治安維持に活躍した
新撰組の屯所があったところです。 その遺跡が残されています。

新撰組頓所遺跡

文久3年(1863年)第14代将軍徳川家茂の上洛警護のため清河八郎
率いる浪士組が入洛し、その宿舎の一つとして使われたのが八木家
住宅でした。

この宿舎には芹沢鴨、新見錦、近藤勇、土方歳三等が京都守護職
松平容保の配下に属し、新撰組と名乗り、市中の警護にあたり、
その名を轟かせていました。

元冶元年(1864年)の池田家事件、鳥羽伏見の戦いなど過激な長州藩や
坂本竜馬などの活躍する幕末の動乱時代を迎えていきます。
新撰組の屯所も八木家から、西本願寺や不動堂村に移っていきました。

駒札

この辺りは当時は洛中に近接する農村地帯でありました。

八木家は、壬生寺きっての旧家でかって壬生郷土の長老を勤めて
いたといわれております。


八木家の建物は長屋門が東に開き、その奥に主屋が南に面して建てられて
います。
長屋門は文化元年(1804年)、主屋は文化6年の造営とされています。

門

長屋門の外観は腰に下見板を張り、与力窓や出格子窓を開くことが
できる昔の門の面影が残されています。

玄関

玄関から広間、奥座敷へと続きます。

この奥座敷を芹沢鴨が宿所としていたといわれます。
血気盛んな芹沢鴨や新見錦と近藤勇や土方歳三とはそりがあわない
ことが度々ありました。

そんな諍いの末に酔って帰ってきた芹沢鴨とその思われ人お梅が
土方歳三等によって殺害されたと言われる部屋がこの奥座敷で、
当時の刀傷が今も残されています。

玄関2

玄関3

時代の荒波を駆け抜けた当時の若者、又時代の移り変わりを見届けた
建物が今も貴重な遺構として残されています。

この八木家は新撰組ゆかりの建物として昭和58年に京都市指定の有形文化財
に指定されています。

又新撰組隊士のお墓は壬生寺に置かれています。
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