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妙光寺
2014 / 08 / 19 ( Tue )
臨済宗 妙光寺

京都は右京区宇多野に臨済宗に属する妙光寺があります。
山号は正覚山と号します。 通常は非公開の寺院です。

山門

弘安8年(1285)内大臣藤原師継(花山院)が長男である忠季の菩提を
弔うため師継の山荘を寺に改め創建されました。

妙光寺の寺名は忠季の法名妙光丸と名乗っていとことから妙光寺と
名付けられたそうです。

創建当時妙光寺は花山院家の広大な土地を有し、大覚寺統の代90代亀山
題96代後醍醐・第97代後村上の三朝より勅願寺とされ正覚山妙光禅寺の
称号を賜ったとされています。

鎌倉時代京都では三番目に古い禅寺寺院とされ、京都十殺という高い寺格に
ありましたが、応仁の乱以後荒廃していました。

江戸時代には豪商打它公軌・影軌親子によって再興され開山堂が建立されました。

都名所図会には客殿、庫裏、客殿東には山門、仏殿が直線上に配置され、
客殿の南には鐘楼、後ろの山には開山堂があり、塔頭も多くあり、
最盛期には600人もの僧が在住し、寺域は双ヶ丘まであったそうです。

江戸期から明治の変革期には勤王の一拠点として新撰組の焼き討ちを受け、
廃仏毀釈と荒廃いたしました。

駒札

1667年には野々村仁清が影軌に同伴して当寺を訪れ、1682年に仁清没後
妙光寺にそのお墓が建てられております。

仁清の墓

覚心禅師によって尺八を法器とする托鉢行脚「普化宗」が伝えられ
明治期から昭和まで続いてまいりました。

特に宋から金山寺味噌を習って日本に広めたといわれ、日本での
味噌の始まりと伝えられております。

中門

その後昭和40年までは無住の寺となり、昭和40年から復興が行われ
現在に至ります。

唐門は後水尾の唐門が移築されたようです。
現在の建物は江戸時代の物が残されております。

玄関

花頭窓から本堂を望みます。

花頭窓
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