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京の伝説
2015 / 02 / 02 ( Mon )
京の伝説 一条戻り橋

京は堀川通の一条に架かる橋、「一条戻り橋」には伝説があります。

平安の頃は自然の川が流れ物資の運搬や材木を流す筏が組まれたといわれる
くらい川幅も広い河川であったようです。

物資の運搬だけではなく貴族の庭園にひく水や友禅染にも用いられていた堀川は
第2次大戦以後の下水道の整備などによって水流が消滅してしまいました。

現在は琵琶湖疏水の水流を利用した人工の川として紫明通から御池まで流れて
市民の憩いの場とされています。

この堀川の一条通に架かるのが一条戻り橋です。

戻り橋           戻り橋2

一条戻り橋の伝説1

平安時代、文章博士三善清行が没したことを聞いた息子の淨蔵が、
この橋の上で父の葬列に出くわし、棺にすがって泣き崩れると、父が
一時蘇って対面した。
このことから「戻り橋」と呼ぶようになり、「戻り」にこだわって京の都では
嫁ぎ先から戻ってこないよう、婚礼の荷物や、婚礼に出向くときは決して
この戻り橋は渡らないようにする
というものです。

そして伝説2

平安中期、堀川あたりは日が暮れるとひとの気配もなく静まり返っていました。
ある日も暮れたころ、源頼光が用事を思い出し、渡辺綱を一条大宮に派遣しました、
夜のこととて、名剣の「髭切」を持たせ馬で向かわせました。

綱が一条戻り橋付近に差し掛かると、若い女が一人で歩いているのを
見かけました。
するとその女は綱を呼び止め「あのう もし」「五條まで参りますが、暗くなって
しまい怖くて困っていました。ご一緒させてもらえませんか?」と頼みました。

綱は女を馬に乗せ送ろうと走らせました。
一条戻り橋を渡っているとき、雲の影から月が顔を出しました。
その月光は、堀川の水面に馬上の二人を映し出したのです。
一人は渡辺綱、そして後ろにいるものは、まぎれもなく鬼女の姿を
していました。
鬼女は見破られたことに気づくと、さっと形相を変え、恐ろしい鬼となり、
「わがゆくところは愛宕山ぞ」というと、綱の髻をつかんで西北天へと
飛びました。
綱は慌てることなく、「髭切」の太刀を抜くと、自分をつかんでいる鬼女の
腕を一刀両断のもとに切り払ったのです。
鬼は片腕を失いながら、愛宕の方へ飛び去りました。
綱が飛び降りたところは北野天満宮の屋根の上でした。


渡辺綱と鬼

北野天満宮には渡辺綱が振るったとされる太刀が今も保存されているそうです。

後日綱は、無事であったこれも天満宮の大神のおかげと神恩を感謝し、
石燈籠を寄進いたしました。

その燈籠は今も北野天満宮の本殿の斜め前に残されております。

 渡辺綱の灯篭

京の都にはこのように沢山の伝説が語り継がれております。
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