隋心院 はねず踊り
2016 / 03 / 28 ( Mon )
随心院 はねず踊り

京の山科区小野にある隋心院は真言宗善通寺派の大本山にあたります。
正暦2年(991)一条天皇よりこの地を賜り、仁海僧正が牛皮曼荼羅を祀って
曼荼羅寺として創始したのに始まるとされています。

この牛皮曼荼羅には逸話があります。
仁海僧正が夢の中で亡き母が牛に生まれ変わっていることを見、その牛を
鳥羽辺りに尋ね、手厚く飼育していましたが、日なくして死んでしまいました。
僧正は悲しんでその皮に曼荼羅の尊像を画き本尊にした。というお話です。

そのことから古くは牛皮山曼荼羅寺と称されていたと伝えられています。

又隋心院は小野小町縁のお寺としてもよく知られています。

山門

小野小町は小野篁の孫にあたり、出羽の国司を勤めた良実の娘であったとされ
平安朝初期、仁明天皇の御側に仕え容貌秀絶で和歌に秀でていました。
仁明天皇が崩御されて後は小野の里にこもり晩年を過ごしたと伝えられています。

小野小町歌碑

隋心院の境内には小野小町の歌碑が置かれています。
  花のいろは うつりにけりな いたずらに わが身世に ふるながめせしまに

小野小町を慕って小野の里に深草少将は雨の夜も、雪の夜も通い続けたが
九十九日目の夜、降る雪と発熱により、最後の一夜を前に夜を去ったという伝説に
より隋心院では毎年3月の最終の日曜日に「はねず踊り」が行われています。

薄紅色のことを古くは「はねず」といい、隋心院の紅梅も「はねず」と呼び親しまれて
きました。

はねず踊り

小町は毎年「はねず」の咲く頃里の子供たちと楽しい日々を過ごしていたといわれ、
そのことからその昔は、里の子供たちが家々を訪ねて庭で「はねず踊り」を踊って
いたといわれておりました。 
それが衰えてきたことから昭和48年に古老の記憶をたどりながら、この「はねず踊り」が
復活し、小学生が小町と少将にふんして可愛い踊りを披露しています。

はねず踊り2

はねず踊り3

少将さまがござる  深草からでござる
毎夜よさりに 通うてござる
かやの木の実で 九つ十と
日かずかぞえて ちょいとかいまみりゃ
今日もてくてく よーおかよいじゃ     (小野わらべうた)

はねず踊り4

又平安朝の舞「今様」が披露されました。

今様2

今様

今様3

最後に島根県石見地方に伝わる郷土芸能「石見神楽」が京都瓜生山
舞子連中によって披露されました。

神楽2

出雲の国、美保神社の御祭神である恵比須さまが磯辺で大鯛を釣って
はしゃいでおられる様子を舞ったもので、
恵比須さまの様子が非常に面白く、チャーミングで会場の笑いを集めて
いました。
神楽3

舞台の下で鯛をあやつって恵比須さまの竿にくいつきます。

神楽4

みごと大鯛をしとめた恵比須さまは大喜びです。

神楽5

喜びを会場の人々に分かち合うため、魚篭の中から飴を蒔いて皆様と
 ”バイバイ” をしてお別れです。

神楽6

3年振りのお天気に恵また「はねず踊り」は遠くは海外のオーストラリアやフランス、
台湾からの観光客も訪れ、多くの方が楽しんでおられました。
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言霊百神
by: 辻 * 2016/04/02 15:38 * URL [ 編集] | page top↑
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