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神護寺 宝物虫払い
2016 / 05 / 03 ( Tue )
神護寺 宝物の虫払行事

若葉が芽吹き新緑が眩い高尾山 神護寺で5月1日から5日まで宝物の
虫払い行事が行われています。

普段目にすることのできない国宝が国立博物館からお里帰りして一年に一度
公開されるのです。

参道

洛西の三尾とよばる、栂尾の高山寺、高尾の神護寺、槇尾の西明寺は
風光明媚な京を代表する景勝地で、特に紅葉の名所といわれております。

山門


その神護寺は現在は高野山真言宗に属し、ご本尊は国宝の薬師如来。

古くは、平安京造営に尽力した和気清麻呂公のお墓がおかれ、和気公
ゆかりのお寺でありましたが、最澄が法華経を講議をしたり、空海が一時
住まいするなどいたしました。
その後一時衰退していたのを文覚上人が後白河法皇や源頼朝の援助を
受けて復興したと伝えられています。

又、応仁の乱によって焼失したのを、江戸時代に徳川秀忠の援助により諸堂が
整えられたそうです。

高尾橋を渡ってから約300段の階段を、息をきらせ登り終えたところに楼門が
見えてまいります。
楼門は寛永6年(1629)の刻銘があるそうでそのころに建てられたものだそうです。
楼門には、持国天と増長天がおかれています。

持国天

増長天

楼門に辿り着く前に硯石という大きな石が見えます。

この硯石は空海(弘法大師)が神護寺に在山の時に勅額の依頼を
受けられたが、急な五月雨で橋が流されたため、この石を硯として
対岸に立てかけた額に向けて筆を投げられたところ、見事に
「金剛定寺」の四文字を書かれたということだそうです。
但しこの直額のお寺は現存しないそうです。

硯石

唐門は昭和初期に田中亀太郎氏の寄進によって造営されたそうです。

唐門

和気清麻呂公の霊廟の前から新緑が眩い初夏の景色となります。

新緑

この前を右に曲がると和気清麻呂公のお墓があります。
ずっと山手に入っていきますので、さすがに人通りもなく今回は行くことは
できませんでした。

和気清麻呂墓所参道

鐘楼は元和年間に京都所司代板倉勝重によって再建されたものだそうです。

梵鐘は国宝の「三絶の鐘」といわれ貞観17年(875)に鋳造されたもので
銘文は橘広相、菅原是善(道真の父)が銘を選び、藤原敏行が揮毫した
といわれる鐘です。
梵鐘の周りに銘文が彫られています。

鐘楼

さらに階段を登り、一段と高いところに金堂があります。
金堂は昭和10年に山口玄洞氏の寄進によるものだそうです。
中央にはご本尊の国宝第2号の薬師如来がお祀りされています。
その両脇には日光、月光菩薩がお祀りされています。

金堂

薬師如来立像はどっしりとした風格で螺髪も大きく、全体に黒ずんでいます。
全体はカヤの一木造りで衣の襞も深く躍動感があります。
お部屋が真っ暗になりますと、口元の赤色がひときわ輝いて見えるそうです。

須弥壇には室町時代の十二神将像や四天王像がお祀りされていて圧巻です。

多宝塔

多宝塔は公開されていませんでしたが、中には国宝の五大虚空蔵菩薩坐像
(平安時代)がお祀りされているそうです。
いつか公開されているときに又訪れてみたいものです。

地蔵院

地蔵院には地蔵菩薩がお祀りされていて、明治33年に再興されたものだそうです。

錦雲渓

この辺りは錦雲渓と呼ばれ、景色は絶景で、今は躑躅や山藤がきれいです。

かわらけ

ここから厄除けの祈願をこめてかわらけ投げが行われます。

かわらけ投げ

大師堂は細川忠興によって寄進されたものだそうで、弘法大師空海が
お住まいされた建物を由緒としたものだそうで、中には板彫りの
弘法大師像が逗子の中にお祀りされているそうです。

大師堂

大師堂から毘沙門堂には毘沙門天を、五大堂には五大明王像を、
明王堂には弘法大師昨の不動明王が夫々お祀りされています。

毘沙門堂


明王堂

寺内を一巡して№2にて宝物虫払い行事をご案内いたします。
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