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護王神社
2019 / 01 / 09 ( Wed )
亥年の守り神 護王神社

京の烏丸通下長者町下るに鎮座します護王神社は亥年の守り神で通称
「足腰の神様」として市民から厚い信仰をえています。
門前には「平成の霊猪像」として狛いのししが平成18年に建立されています。

駒猪

今年は亥年で新年早々から多くの参拝客で賑わい、その人出は烏丸通にまで
延々と行列が続いています。

拝殿には大きな開運の絵馬が置かれ、その前には雌雄の狛いのししが鎮座して
います。

護王神社はもともとは高雄山神護寺の境内に和気清麻呂公の霊社としてお祀り
されていましたが、嘉永4年(1851)に孝明天皇から清麻呂公の歴史的功績を
称え「正一位護王大明神」の神号が授けられ、明治7年に別格官幣社となり、
明治19年(1886)明治天皇の勅命により現在地である元華族中院家邸宅跡
に移されました。

大正4年(1915)には清麻呂公の姉にあたる和気広虫姫を子育て明神として
お祀りされています。

駒猪2

本殿前には長蛇の参拝客の列ができています。
神様もこんなに多くの人の願いを聞き届けるのは大変なことです。

本殿


和気清麻呂公の銅像

和気清麿呂像2


護王神社が猪に縁のあるのは何故かと? その謂れは
奈良時代和気清麻呂は孝謙天皇に仕えておりました。
当時孝謙天皇の重鎮であった僧の弓削道鏡は天皇の寵愛をうけ、
その皇位をわがものにしようと企んでおりました。
これをいち早く清麻呂公は察知し、天皇に進言しており宇佐八幡の神に
参拝し、八幡神の託宜として道教の野望にあらずとその言葉を復奏されました。
それを聞いた道教は烈火のごとく怒り、清磨公を九州の大隅へ配流して
しまいました。
その途中道教の差し向けた刺客により清麻呂公は足の健を切られ足萎え
となって歩くこともできなくなってしまいました。
九州の途次宇佐八幡に参詣するため豊前国宇佐郡楉田村迄くると野猪が
300頭ばかり道を挟んで連なり清麻呂公をお守りして参拝を助けました。
するといつしか足萎えが回復し、歩むことが出来るようになりました。
その上八幡神のご神託により「神封綿8万余り」を賜ったので、それを
宇佐八幡宮の宮司や豊前国中の人々に分かち馬で馳せ帰られた。
天皇も道教の野望を阻止し、道教はやがて左遷され、清麻呂公は無事
天皇の皇位をお護りしました。
これが『日本後記』に記されているとされています。

猪手水鉢

このことから猪は足腰の守り神とされております。

手水鉢から出るお水も猪の御利益が頂けるよう猪が活躍いたします。
特に拝殿前のご神水の猪の手水鉢の猪の鼻をなでると幸せが訪れるといわれます。

足仏

足仏・・足をかたどった上に乗り足腰の健康を祈ります・

足腰の神2

護王の神

本殿の両さいどには「願掛け猪」と「座立亥串」の斎場があります。
2本1組になった願掛けした紙札を串にはさんで1本を境内に納めてもう1本を
家に持ち帰り神棚や玄関にお祀りすると願が叶うというものです。

願掛け猪

「なで猪」もあり、イノシシの身体をなでて、自分の患部をなでると
病気が治るというものです。

なで猪

城所ケイジ氏によるチェンソーを使って彫られた「昇り神猪」と「降り神猪」
「飛翔親子猪」がお祀りされています。

彫刻

拝殿にはまだ新しい猪の彫刻もおかれていました。

猪彫刻

年を重ねて足腰が弱ってきたら護王神社にお参りをいたします。
今年も無事怪我もなく過ごせますように!!
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