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大堰川
2009 / 03 / 13 ( Fri )
大堰川

渡月橋1

京都の観光客を多く集める嵐山の桂川に架かる渡月橋は
道昌僧正が承和年間に架けられた橋で、平安時代には法輪寺にちなんで法輪寺橋
とも呼ばれたが、その後亀山上皇が「くまなき月の渡るに似る」と言われたことから
渡月橋と名づけれました。

この渡月橋をはさんで川上を大堰川(おおいがわ)、川下を桂川(かつらがわ)と呼びます。

            嵐山おおい川

この大堰川の源流は左京区広河原、佐々里峠で由良川水系との分水嶺で
日本海へ行く水と瀬戸内に注ぐ水との大分水界から始まります。

広河原から花背を通り、京北、周山、日吉ダムへ、日吉ダムを経た川は山峡を蛇行
して流下し八木町西部で大支流園部川とY字を描いて合流します。

さらに合流した川は亀岡盆地を潤し、保津峡へと進みます。
この辺りにくると川の落差が大きく蛇行し激しく狭隘な荒瀬も現れます。
かつてこの辺りをゆく観光船は江戸時代より風流人に愛され明治になって観光事業化
されました。
これが現在の保津川下りとして今も廻りの風光明媚な姿を写しトロッコ列車と一緒に
楽しまれております。

嵐山船

この保津川くだりを楽しみながら川は嵐山に出ます。
(3月10日は川開きの日でもあります。)

大堰川の名は秦氏が嵐山の下流に大きな堰を設け農耕のため水利の便をはかった
ことから大堰川と呼ばれるようになりました。

この後、渡月橋から川下を桂川と呼び、東海道線や新幹線が桂川を渡る辺りまでくると
大河となり悠然と流れ、伏見市街地西で鴨川が流れ込み、淀域の西あたりから
宇治川など三川合流へと向い、淀川へと流れていきます。

水の流れるところには人が集まり町が構成され文化が発展し、その地域にあった
風情を醸し出し今日の京の都となっております。

嵐山角蔵 嵐山あせび

とりわけ大堰川の船下りの終点あたりは、標高381mの嵐山が四季折々の顔を持ち
多くの歌にも詠まれているところで、高級料亭や亀山公園などがあり舟遊びを楽しんだりと
市民の憩いの場でもあります。

亀山公園にはもうアセビが満開で京都のかっての豪商で大堰川の開削を行った
水運の父とも呼ばれた角倉了以の銅像があります。

嵐山鳥


             嵐山鴨

また大堰川には四季折々にいろいろな野鳥が訪れますが、3月はセキレイが飛んできたり、
鴨が悠然と子供達を従えて泳いでいたりする心休まるところでもあります。

目抜き通りでは年中多くの人々が訪れますが、桜や紅葉の季節は人、人で溢れんばかりの
賑わいをみせます。
11 : 18 : 18 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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素敵なブログですね
京都に行きたくなります
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by: 訪問者axe * 2009/03/16 14:44 * URL [ 編集] | page top↑
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