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乙訓寺
2009 / 04 / 25 ( Sat )
牡丹の寺 「乙訓寺」

長岡京は歴史的には桓武天皇の命で平城京から遷都されたかっての都でした。

三川が合流する地の利から海運が盛んで都からの物流が図られ、豊富な水で
生活は潤い、清潔な都でありました。

乙訓寺門 
本堂


その長岡京市に牡丹の花で名高い真言宗豊山派の ”乙訓寺” があります。
正式には「大慈山乙訓寺」 (法皇寺ともよばれます。)といいます。

弘法大師

ご本尊は合体大師、本殿の前には弘法大師の像も安置されています。

乙訓寺は聖徳太子が十一面観音像を本尊として伽藍をたてさせたその伽藍が乙訓寺
だとされています。

早良親王(桓武天皇の弟)が延暦4年(785年)に起こった藤原種継暗殺事件の首謀者
として捕らわれこの地に幽閉されました。

弘仁2年唐から帰朝した空海は乙訓寺の別当として入山し真言宗となり、
中世には足利義満がこの寺を南禅寺の僧に与え寺号を法皇寺と称した。

永禄年間には織田信長の兵火により一時衰退したが元禄6年五大将軍綱吉が
再興し徳川家の祈願寺とし今日に至ります。

ぼたん1 ぼたん2

この乙訓寺は 牡丹の花 でも知られています。
境内には2000株もの牡丹が咲き誇ります。

ぼたんピンク ぼたん赤 

ぼたん黄色 ぼたん赤2

      ぼたん白

この牡丹は昭和9年の室戸台風の時にほとんど倒木してしまい、乙訓寺の住職の叔父様
で長谷寺のご住職がこの被害を憂い本尊への供花(荘厳花)、参拝者への安らぎを願い
長谷寺の牡丹2株を寄進せられ、それを乙訓寺のご住職が大切に育て今日の見事な
牡丹となったそうです。

まさに今荘厳な花は満開で色とりどりの牡丹が見事に咲いています。
雨を避けるため傘をさして参拝者の方々の目と心を和ませています。

乙訓寺へは阪急京都線の長岡天神下車徒歩20分
この牡丹の期間長岡天神近くからシャトルバスがでています。(5月6日まで)

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