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京の紅葉だより
2019 / 11 / 27 ( Wed )
京の紅葉だよりⅡ 堀川通


堀川通は京都市街地の中央部を走る南北の道路で巾50mの
第1級幹線道路となっています。
北は北区紫竹上堀川町の賀茂川堤から南は下京区橋橘町迄
続きます。 五条以南も堀川通と呼ばれ、南区で油小路と合流
する道路です。

特にこの堀川通で上京区の今出川~北大路迄の区間銀杏並木
が続きます。
秋にはこの銀杏が紅葉し、それは見事な景色を醸してくれます。

堀川通

早朝色づいた葉に朝日が輝いてキラキラと眩しく映えます。
もともとは堀川と称する川に沿って走っていた通りで、
平安京造営時には資材の運搬等に使われたり、中世には川沿いに
木材業者が集まった時代もあり、近世では染織用として友禅流し等
に使われたとも伝えられています。

堀川 銀杏1

現在の堀川通と称されるようになったのは昭和22年第2次大戦後の
市街整備計画で南北幹線道路として整備され昭和28年に現在の姿に
なりました。

堀川 銀杏2

近年では交通量も多く樹木には決していい環境ではありませんが
道行く人々の、又車窓から眺める人々の心を癒してくれる大切な
道路となっています。

堀川 銀杏3

今年も綺麗に装って道行く人々を楽しませてくれています。
紅葉は今月一杯楽しむことができます。
15 : 43 : 56 | 京の暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の紅葉だより
2019 / 11 / 25 ( Mon )
京の紅葉だより  「宝泉院」

京都は大原にある宝泉院の紅葉は、まさに今紅葉酣の様相です。

宝泉院はもともとお隣にある勝林院の宿坊として創建されたお寺です。
勝林院は、長和2年(1013)天台声明の根本道場として寂源によって
創建されました。
顕真法印と法然上人が勝林院において念仏往生の問答を交わされた
お寺として「問答寺」とも呼ばれています。
ご本尊の阿弥陀様はその問答で証拠を示されたところから、この阿弥陀様を
「証拠の阿弥陀」と呼ばれている由緒あるお寺です。

宝泉院には幾つかの特徴があります。
そのうちの一つには お庭に樹齢700年とも伝わる「五葉の松」がそびえています。

五葉松

宝泉院の玄関を入ったところには法然上人の衣掛けの石も置かれています。

衣掛けの石

五葉の松は書院から拝見すると
まさに額縁庭園の眼前に見事な枝振りを披露しています。
近年この松も松くい虫に侵され、手当てをうけているところです。

盤垣園2


盤垣園1

南側のお庭には水琴窟があり、蹲踞を通して水の落ちる音が清々しく聞こえて
きます。

水琴窟

この額縁庭園を「盤垣園」と名付けられ、その意味は「立ち去り難い」です
書院に坐して眺めていますと、本当にいつまでもそこにとどまってこの景色を
堪能したくなります。
丁度この時期は(11月2日~12月1日)ライトアップが行われ、幽玄の世界へと
誘ってくれます。

書院の廊下にはかって慶長5年関ヶ原合戦の前哨戦で決死の攻防をはたした
徳川方の武将鳥居元忠軍が落命した時の床板をその供養のために天井板に
して菩提を弔った血天井が宝泉院にもあります。

紅葉1

宝泉院には3つの庭園から構成されいます。
それは、「鶴亀の庭」「盤垣園」「宝樂園」です。

先ず玄関から書院迄に「鶴亀の庭」があります。
鶴亀の庭には樹齢300年といわれる沙羅双樹もあります。
池には鯉が悠々と泳いで回遊しています。

囲炉裏の間からみえる紅葉は一段と鮮明な色をしています。
その奥にはお茶室があります。


裏庭

今は何処から眺めても色鮮やかな紅葉が楽しめます。

紅葉2

宝楽園に入りますと回遊式の庭園となっていて散策を楽しむことが
できます。

宝樂園

蹲踞には落ち葉が散りばめられています。
木々の紅葉は一年の営みの内で最も装って、葉を落とし、これから寒さに
絶えて来年又新芽へと受け継がれていく、そんな素晴らしい一瞬を私達に
与えてくれます。 この瞬間を大切に愛でたいものです。

宝泉園3

書院では特別使用のお菓子とお抹茶も楽しむことができます。

宝泉園2

宝泉園4

宝泉院の紅葉は今月一杯楽しめそうです。
アクセスは京都駅から地下鉄で国際会議場迄、そこから京都バスで大原迄
又は京都駅から京都バス17番で大原まで。

17 : 01 : 15 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
京の謎々
2019 / 10 / 09 ( Wed )
占出山が二つ

京の三大祭である祇園祭の山鉾の一つに占出山があり、
錦小路通の室町東に建てられます。
先祭りの巡行で今年は山第12番目に巡行いたしました。
占出山の御神体は神功皇后をお祀りしています。

祇園祭 占出山2

占出山の由緒は日本書記によると
神功皇后が外征の戦の時、吉凶を占うため肥前松浦で戦勝ならば魚をと
祈願をし、釣占いをしたところ、見事な魚が釣り上げられ、勝ち戦を予兆した
ことに因むとされています。
この時に釣り上げられた魚を魚偏に占うと書いて「鮎」と読む語源にも
なったと伝えられています。
占出山も当初は「鮎祝山(あゆわいやま)」と呼ばれていたようですが、
江戸時代の初めに「占出山」とされたと伝わります。又「鮎釣山」とも呼ばれます。

巡行にお飾りをされる神功皇后は水干に烏帽子をつけ太刀を佩く姿に
手には袋を被せた釣竿を持ちその先端に鮎を付けた姿をされています。

この占出山が実はもう一つ存在しておりました。

それはやはり神功皇后をお祀りするもので、京都市伏見区にある
御香宮神社に縁のあるものです。

御香宮神社は今から約1000年前、清和天皇の時代に、もともとは「御諸神社」と
呼ばれていたようです。
この神社の境内に大変香りのいい水が湧き出たことから清和天皇から「御香宮」
の名を賜ったとされています。

御香宮

祭神は神功皇后ほか六柱の神様をお祀りされています。
毎年十月上旬には御香宮神幸祭が行われ町は賑わいを見せます。
この神幸祭は伏見九郷の総鎮守のお祭りで、伏見祭ともいわれ
洛南地方の大祭とされています。
室町時代の風流傘の伝統を今に伝えることから花笠祭とも呼ばれています。

この御香宮の神幸祭にかって山鉾があり、占出山といわれ巡行していたようです。
今では余りこの山鉾のことは知られていないようですが・・・・

かって伏見区の肥後町には江戸時代 伊予大洲藩(いよおおずはん 現在の愛媛県)
等5藩の屋敷が置かれていて、その藩から御香宮神社の祭神である神功皇后の
御神形を寄進され、御香宮祭の時にこの御神形を奉祀し、占出山として花笠巡行
と一緒に巡行されていたと伝えられているようです。
明治になってから巡行はされなく、居祭りとなったようです。

鮎祝女御

お祀りする神功皇后を「鮎祝女御(あゆわいにょうご)」とよび、現在も大切に
保存継承されて毎年御香宮祭の数日間だけ肥後町の御神倉でお飾りをされて
います。

大変きれいな衣装で背丈も大きく立派な御神形をされています。

占出山には祇園祭の占出山と御香宮祭の占出山とがある不思議を発見
いたしました。

(資料文献は伏見区あれこれ:ふしみ昔紀行、懐かしの写真館)より
20 : 00 : 26 | 京のお寺・神社 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
観月の夕
2019 / 09 / 16 ( Mon )
観月の夕 大覚寺

今年の仲秋の名月(十五夜)は9月13日に当たりますが、月の満ち欠けからは
14日頃が満月とされています。

京の都ではこの仲秋の名月の日には、観月祭が各社寺で行われます。

今回は15日に嵯峨大覚寺の「観月の夕」に出掛けました。

玄関ブログ


大覚寺は嵯峨御所とも呼ばれ、平安初期に嵯峨天皇が壇林皇后とのご成婚に
あたりその離宮を建立されたのが始まりとされ、大覚寺と改められたのは
貞観18年(876)といわれております。
その後明治時代始めまで代々天皇もしくは皇室の方々によって門跡(住職)を
務められたところから門跡寺院として格式が重んじられてきました。

その大覚寺では、かって嵯峨天皇が空想の動物を船首につけて仲秋の名月
を愛でる船遊びをされたのを起源とする「観月の夕」が大沢の池で毎年行
われています。

大沢の池は嵯峨天皇が離宮を造営するにあたり唐の洞庭湖も模して造られたといわれ、
日本最古の人口の林泉で 「庭湖」と呼ばれています。

大沢の池


今年も9月13日~15日迄 龍頭・鷁首の二隻一対の船で大沢の池を17時、18時、19時
20時と4回に分けて約20分かけて巡る船遊びが行われています。

龍頭船2
 龍頭船

鷁首船
鷁首船

平安時代貴族が池や泉水などに浮かべて管弦等の遊びをするために
船には龍頭・鷁首の空想の動物を象ったものを船首につけ2隻一対とし、
て使われていました。
龍はよく水を渡り、鷁はよく飛んで風に耐えると言われるそうです。
船は棹を差して漕ぎます。 漕ぎ手を「船差(ふなさし)」と呼びます。

鷁首船3

蓮の花を愛でながら巡回していきます。

鷁首船2

陽がだんだん西に傾き稜線が茜色に染まりだしました。

今夜の月の出は19時だそうで、山間から月が顔を出すのは19時20分~30分位

満月4

漸く月が浮かびだしてきました。
池面にもその姿が写りライトの灯りとともに揺らいでいます。

満月2


現代のように電力による照明がなかった時代では月の満ち欠けは大切な明かりで
生活はもとより人々の心のよりどころともなり、時間もゆっくりと過ぎていったようです。

百人一首(79)には
 秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影さやけき
                     左京太夫顕輔

又松尾芭蕉は
  名月や 池をめぐりて 夜もすがら

というのもあります。 

3日間の観月の夕では初日に観月の法会が、2日目にはいけばなライブも
開催されました。

又11月8日から大沢の池のライトアップも開催されるようです。
事前にご確認の上又ライトアップ「真紅の水鏡」にもお出かけしてみられては
如何でしょう。
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9月 名残の京料理
2019 / 09 / 07 ( Sat )
     蕎麦懐石 澤正

京都の東山区 泉涌寺の近くに剣神社があります。

剣神社鳥居

創建年代は不詳ですが、京に都が置かれた際に王城鎮護のため
都の巽の方角に宝剣を埋めて神殿が造営されたとも、また一説には
東山の鳥辺野一体は葬送の地で、昔に埋葬された鏡や剣が偶然発掘され
たのを神社として祀られたともいくつかの説があるようです。

剣神社

現在では子供の守り神「疳の虫封じ」にご利益があるとか、また
神経痛や吃音にもご利益があるとされています。

この剣神社のすぐ近くに、なかなか予約の取れないと言われる蕎麦懐石のお店
「澤正」があります。

澤正玄関

建物は以前は貿易商の方のお住まいだったそうです。 
和と洋の折衷された建物で随所にいろいろな工夫が凝らされています。

場所的には川沿いにあり、上からの下眺めますと谷底のような眺めになります。
春は新緑、秋には紅葉がとても綺麗な様相です。

窓からの風景2

窓にはステンドグラスがはめられています。

ステンドグラス

私達がお伺いした時は小間のお茶室でした。
床の柱は由緒ある神社からの古材を使用されているとか
なかなか難しい床柱でした。

床飾り

雰囲気として行燈は桜を表現したもので素敵でした。

行燈

襖は唐長さんの襖紙だそうです。

唐長 襖

天井の板は松で削り方が普通とは違います。材木を縦に削っているのです。

天井板

今日は9月1日 夏の名残の蕎麦懐石を戴きました。

この日はとても暑い日でしたので先ずは冷たいお水をいただきます。
グラスはハート型をしたグラスが出てきました。
ご主人の心遣いがとてもお客様の心をとらえます。

ハート型グラス

お料理は先ずは八寸(六種類)
お皿等は京焼きだそうです。

八寸

冷鉢は小芋まんじゅう 木耳 パブリカ 海老 しめじの蕎麦餡仕立て

冷鉢

小鉢は切子グラスに入れられていてとても涼しげです。

更級変わり蕎麦

揚げ物

揚げ物

いよいよメインのお蕎麦です。
二八蕎麦は手打ちでご主人が自ら朝から手打ちされているそうです。

二八蕎麦

特別にそばがきも2種類出してくださいました。
オリーブオイルで頂いたり、

そばがき

焼きそばがきはフランスの塩をつけて頂いたり、変化を楽しみます。

そばがき2

ご飯は茗荷の香を楽しむ工夫がこらされています。 それに赤だしです。

ご飯 赤だし

器に、グラス、スプーンにと随所におもてなしの心が籠められ
目で楽しんで、味で楽しんで、触感で楽しむお食事を堪能いたしました。

そば餅 そば短冊

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